私、シェルターにいました。

ましゅ邸のブログを覗いて下さりありがとうございます。

このブログでわたし自身のDV元旦那の体験と経験をひょっとしてうちの旦那、パートナーもDVかも知れない。

経済的DV、性的DV、モラハラ、多産DV等パートナーから受けているかもと感じた方々に気付いていただいて次の穏やかな人生を送って頂けたらと思い綴らせて頂けたらと思います。

また、仕舞い込んでいた記憶を起こして綴る事によりお読みくださる方々にも辛い気持ちにいてしまう事があるかと思います。が、ユーモアを、交ながらお伝えできたら幸いでございます。

独断とたまには偏見を交えてお伝えしたいと思っております。

また、元旦那DV男の表記をケモノ、姓は魑魅魍魎と表記させていただく事をお許しください。

私のケモノに対する過去の全ての憎悪を凝縮して精神面をと保つためにお許し頂けたら幸いでございます。

多々、いや、少々言葉が乱れます事もお許し下さい。

行く場所も無い

今思えば過去の私は狼狽していたのだと思います。

ケモノに心も身体も支配され、実家にも帰れず、行く宛も無く、心は死んだも同然の生活を送っていた。

動く人形を自分の手に取り戻したいと思っていた歳月が無駄に思えてならない時もある。

でも現在はましゅ丸が二人目の子マロンが産まれて来てくれて、マロンを抱っこできて幸せを感じてます。

辛い過去がブログを書く事により楽しい気持ちに変化して来ました。

ケモノは現在、子供たちからも嫌われ、孤立しているとましゅ丸から聞いた。

今まで嫌われていなかった事が私としては不思議でしか無い。

パチンコで負けて帰宅しては暴れて私や子供達にも殴る蹴るの暴力を振るわれていたのに、その痛みは何処へ?

殴れて鼓膜が破れたことを忘れたのかなぁ?風呂場のタイルに頭をぶつけられて、耳の耳輪が裂けて縫合してもらった事を忘れたのかなぁ?

それでもケモノの見方をするのが私には理解出来ず、保護施設から出て働き始めた時は胸が痛かった。

こんなことをしでかしているD V男に医師が何も言わなかった時代なのです。現在なら即通報です。

私には理解出来ない繋がり?血?でしょうか?あるんですかね?ましゅ丸はハッキリとケモノは異常者だと認識してます。

中学の時に殴られアザだらけのましゅ丸をみた担任と教頭先生が保護施設に通報し保護されている。

だが、この時間に入った行政の方々にも怒鳴り散らしていた。「俺は悪くない」と「死なん様に殴る事ができる」と豪語したのだ。

いくら行政の方々が話をしてもケモノですから、魑魅魍魎ですから、通じませんでした。

三週間ほどの期間だったと記憶にあるがケモノと迎えに行った。終始不機嫌なケモノにお前が死ね!と心で何度も叫んだ私でした。

#8778  各都道府県の女性支援センターへつながります。

現在婿殿は育児休暇を取っている。

当然だが、オムツも変えるし、抱っこもする。掃除も、洗濯もなんでも協力して共に育児をしている。

勿論だが働いている。ケモノは仕事もせず、朝から晩までパチンコに行っていた。

朝から晩までと言うのは例え台風が来ていても、地震でも、大雨警報が出ていてもパチンコに行っていた。

あの阪神淡路大震災の時ですらパチンコへ行っていた。。そしてあの揺れを知らないと言うのだからやはり魑魅魍魎ケモノだ。

余震が来た時に「なんや!この揺れは!」と怒鳴っていたのだ。アホです。。

午前5時46分にマグニチュード7、3の地震が起きた事を話したが

「オレ知らん!」と喚いていたがケモノの許可いるのか?と聞きたかった。

当然だがこんな時にお客さんが来る事も無く、次世代ケモノが幼稚園だったので送って行ったが幼稚園は閉まっていた。連絡網は機能していなかった。

この震災の日にケモノ父は愛人と毎朝日課のデート中だったとケモノ父から聞いた時は、お元気で何よりですね〜と思いながら、揺れた時の事を語ってくれた。ラブリーホテルで倒れたケモノ父は左半身が麻痺した。

退院してからは毎朝毎朝、近くの公園で愛人が作るお弁当をふたりで食べるのが日課になっていた。

しかも朝5時からデートって、お客さんから聞くまで知らなかったです。遠慮気味に教えてくださいました。。

ここのお母さんと違う女の人と一緒にいるよ。と。

毎日毎日ギャンギャン喚くケモノ母より余程居心地が良かったのでしょうね。

ケモノ父は余りにも激しい揺れにジャングルジムに掴まっていたと。納まってから弁当を食べた。と。

毎朝どんな話をしていたのでしょうか?愛人の作るご飯が美味しいのでしょうか?おちつくのでしょうか?

ケモノ父が倒れてからはケモの母に虐められることは激減した。常に私の味方だった。

そりゃそうだろう、なんせ市から戻るお産の費用、もう一人の愛人の借金を私に返済させたのだから。。

辛かった自分のあの時はましゅ丸にはさせたく無い。辛かった事は自分で終わらせる。

でもケモノは許さんでよ。

ましゅ丸がお産したこの時思い出しました。産後も休む事なく仕事をさせられた事を。眠かった。身体を横にしたかった。

「お前が入院してる間俺が仕事をしてたんやぞ!」当たり前やけど。口に出して言えなかったのが後悔してやまない。あの時こう言い返せたら違ったんじゃないか?

人間の言葉が通用しないから仕方ない。行政の方々とも通じなかったから。今度生まれ変わったら真面目で稼ぐ人を選びます。

最後までお読み下さりありがとうございました。

DV男は女性の思考を止めます。心も体も束縛します。尊厳も奪います。

ご自身の人生を穏やかにしごせます様想い綴らせて頂きました。ご自身を大事にできるのは自分自身だけです。

ご自身の人生と時間を安心して穏やかに過ごして頂けたら嬉しいです。

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