私、シェルターにいました。

ましゅ邸のブログを覗いてくださりありがとうございます。

このブログで、私自身のDV元旦那の体験と経験をひょっとしてウチの旦那もDVかも知れない。

経済DV,モラハラ、性的DV,多産DV、超マザコンなどパートナーからの受けているかもと感じた方々に気付いて頂いて次の穏やかな人生を送って頂きたい想いで綴らせていただけたらと思います。

また、仕舞い込んで記憶を起こして綴る事によりお読み下さる。方々にも辛い気持ちにしてしまうかも知れません。が、ユーモアを交えながらお伝え出来たら幸いでございます。

パートナー選びは非常に大事です。

独断とたまには偏見を交えてお伝えしたいと思っております。よろしくお願いいたします。

宮司に噛み付く ケモノ母

女性は旦那、姑、この類の者たちにされた事、虐められた事を忘れない。

それが、魑魅魍魎ケモノやそのケモノ母となると尚更です。

虐める輩はそれが極自然なことで、食べる事、排泄する事と何ら変わらない。だからイジメは無くならない。

女性はパートナー選ぶを間違えると本当に苦労します。ましてや働かずにお金も稼ぐことすらせずに毎日毎日朝から晩までパチンコに行く。

そんなケモノが、ケモノ母に用事を頼まれるとNOとは言わなかった。

私、ましゅ邸を祓うために神社へ行くと言うケモノ母を止めるどころか、「分かった」の一言で承諾したのだ。

何処の神社かはご迷惑をおかけするも知れませんので、方神社と致します。

ただ、その宮司さんは良いお方だったと今も思います。

神社に到着して早々ケモノ母はお守りを販売する巫女さんにいきなり、ギャアギャアと主人に愛人ができたのはこの嫁の責任だから祓え!と喚き立てたものだから、困惑した巫女さんは直ぐに宮司さんを呼びに行った。

服のマナーも無い、ボサボサの髪のケモノ母に

「それで、何をどうお祓いしますか?」

と、問われていたと思う。私は小さくなっていた。何にも悪いことなどしていない。ケモノ母は 

「この嫁が来てから主人に愛人ができました。この嫁が悪霊なんだよ!」

語気の荒いケモノ母に困惑しながらも宮司さんは、ご主人と愛人はいつからのお付き合いなのか?

いつからどれくらいの年月をお付き合いをされていたのか?と言った内容の事をケモノ母のにたずねた。お嫁さんは何年生まれなのか?を問われた。

ケモノ母が大声で喚きながら私をお指差した。「だから!コイツなんだよ!」

「お嫁さんは何年生まれですか?」

の問いに宮司さんは首を傾げながら、「お嫁さんは全く関係ないです。」

私、ましゅ邸が産まれる何年も前からの付き合いで長く家族として暮らしていたのではないのですか?

のようなことをおっしゃってました。だが、納得のいかないケモノ母は怒りを露わに

「だから、この嫁が来てから愛人が分かったんだよ!だから、この嫁の責任なんだよ!この嫁が悪霊を連れて来たんだよ!」

御守りの前で喚くケモノ母に仕方なく宮司さんは親善へと案内をされた。

今ならいう。祓うのはあんたらや。

小汚いケモノ母を止めるでもなくケモノはケモノ母の醜態を笑顔で見ていた。これは印象に残っている。

神前へと行き、今から、私、ましゅ邸を祓われる時、宮司さんが、

「ご主人に愛人がいたのはご主人さんの問題です。お嫁さんは全く関係ありませんよ。」そんな言葉を掛けで下さった覚えがある。

しかし、ケモノ母には通用はしない。

「この嫁がウチの嫁になる事は産まれる前から決まってた事なんだよ!だからこの嫁の責任だって言ってんだよ!だから、コイツを早く祓えよ!」神前でも喚くケモノ母に埒が明かないと思われたのでしょうか?

宮司さんは、黙ってうなづいてお祓いをはじめた。

私の前でお祓い棒を振る宮司さん。それを見て納得するケモノ母は斜めに構えて見ていた。。

お祓い棒を振りながら「祓え言葉」[祓え給い、清め給い、神ながら守り給い幸え給え」

簡単な何処の家庭にでもある神棚に祈る言葉だった記憶がある。

何だか私はほっとしていた。。

独りで出た。

納得したケモノ母は神社を出た。

豪快な笑いを揚げたケモノ母と共にケモノ父が入院する病院へと向かった。

車で一時間以上は掛かる場所だった。いつも思っていた事なのだが、人を虐める人って元気ですよね?

ケモノ父が入院する病院の前に着いた時、ケモノはパチンコに行くからと私とケモノ母と動く人形を置いてそのまま走り去った。

28年の結婚生活の中で私は安心や、安らぎを感じた事は一度もない。

この魑魅魍魎ケモノ母といつまで一緒にいるのか?まるで我が子のように動く人形を抱くケモノ母

動く人形も好きにさせて貰えるのが嬉しいのか?楽しいのか?私には一切懐かった。自分が産んだのに懐くと言う表現しか浮かばない。自分の子供なのに自分で育てられないのが悔しくてたまらなかった。

大部屋に移されたケモノ父は意識は無かった。ただ昔の記憶が現実のように「船が揺れるぞ!」

を繰り返していた。頭に開けた穴を塞ぐ大きなガーゼ。そこを動く人形が何度も何度も叩いていたので

私はダメだと注意した。その時にケモノ母から病室で怒鳴られたのだ。何と言われたかは忘れたが、

その時私は言い返しもせずに飛び出した。すれ違いにケモノの長兄とすれ違った。

何か言われたような記憶はあるが覚えてはいない。それから一週間程実家に帰っていた。ケモノから電話があったのか記憶が曖昧になっている。覚えているのがケモノ母から電話があった。

帰ってくるのか?来ないのか?を笑いながら聞かれ、なんて意地悪なのか?根性が腐っていると感じたのを覚えている。

借金の返済をどうするのか?お前が返済しろ!嫁が返さないで誰が返すんだ!のような事を言われた。

世の中にこの様な酷い人間が存在する事が信じれなっかった。魑魅魍魎家から言われる言葉もわからなかった。が分からないで当然だと現在では思う。魑魅魍魎家が常識の範囲を超えているからだ。

実家に居ても実母からは余り良い顔はされず、離婚には反対だった。田舎なので一瞬で広がる。

片親でここまで育てて離婚したら何を言われるかと実母自身が近所の噂を立てていたからこその風当たりを気にしていたのだ。

誰も助けてくれない

そうか、実母は母なのに助けてくれないのだな。分かった。覚えておけよ、年老いて私を頼るな。

そんなに息子が息子だけが可愛いのなら息子に面倒を見てもらってくれ。あとは知らん。

行く場所がない程辛いものは無い。ケモノからは〇〇組の知り合いだから出て行ったりしたらお前の親戚もろとも仕事ができん様にしたる!と脅しをかけられていたので若い私は誰にも相談することができなかった。相談するだけで親戚から馬鹿に荒れる、そう思っていた。だから益々孤立していった。

#8778  各都道府県の女性支援センターへつながります。

その頃は支援センターというものがあったのかどうかも分からない。

店も置く週刊誌の記事に離婚したいならここに相談、の文字を見つけて、切り抜いて化粧ポーチの中に入れたのをケモノに見つかり目の前でビリビリに破かれ、怒号を揚げられたこともある。なんでそんなとこを見るのだと他の人が聞いたら不思議な事がDV男の特徴なのです。

パチンコのお金を探していた時にポーチに中を見たと言って吠えていたがそれもどうか分からない。

私は魑魅魍魎家のサウンドバックの存在になっていた。

今回も最後までお読み下さりありがとうございます。

ご自身の人生と時間を安心して穏やかに過ごして頂けたら嬉しいです。

D V男は女性の思考を止めます。心と体も束縛します。尊厳も奪います。これからの人生を穏やかに過ごせますよう想い綴らせていただきました。

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