ケモの母と魑魅魍魎ケモノ夫のDV記録

⭐️17時、都合の良い時だけ我が子を「物」のように返す姑

ケモノ母(姑)は夕方5時くらいからラーメン屋を開けていました。
すると、自分が仕事をするのに「動く人形(長女)」が邪魔になるからと、17時前になると私の元へやってくるのです。

私が美容室でお客様の接客中であろうが一切お構いなし。
「ほらよ、返すよ」と、セット椅子やシャンプー椅子の上に、まるで物でも置くかのように平気で長女を置いて行きました。
自分の都合だけで動くその勝手極まりない態度に、今思い出してもはらわたが煮えくり返る思いです。

⭐️奪われた我が子への絶望。「可愛い」が消え、使命感だけになった

正直言うと。この頃、長女は私に全くと言っていいほど懐いていませんでした。

懐くと言う言い方しか今でも表現ができないのです。
ケモノ母に甘やかされ、好き勝手させてもらう環境に慣れきってしまっていたのです。

私は必死に長女を取り戻したいともがいていました。しかし、ケモノたちのせいで、長女に対して「可愛い」という感情が、私の心から消え失せてしまっていたのです。
それでも、食事だけはきちんとしたものを食べさせなければならない。
私の心にあったのは、母親としての愛情ではなく、親としての意地と「使命感」だけでした。

ケモノ母から甘いお菓子ばかりを与えられていた長女は、私が作ったまともな離乳食を前に大声で泣き喚きました。
スプーンでひとさじ口に入れるだけでも拒絶するのです。
白米のお粥は全く食べない。さつまいもやかぼちゃを潰して与えても、お菓子の強烈な甘さには勝てませんでした。

何時間もかけて試行錯誤し、バナナを潰してヨーグルトに混ぜたものを、ようやく一口、二口食べるのが限界でした。

⭐️「もういいかな……」1歳を前に、私は育児を諦めました。

長女に一口ご飯を食べさせるだけで、気が遠くなるような時間が過ぎていきました。
私が必死に格闘しているその時、ラーメン屋の厨房を抜け出してきたケモノ母が、長女の前にビスケットとプリンを置いたのです。

ケモノ母がプリンの蓋を開けると、長女は嬉しそうにケモノ母に抱きつきました。
その姿を見た瞬間、私のなかで何かが音を立てて崩れ落ちました。

(ああ、もういいかな……)

長女が1歳になる前だったと思います。私は、我が子の育児を完全に諦めました。ケモノ親子に、私の母親としての心を完全に折られた瞬間でした。

⭐️ 美容師なのにラーメン屋でフライパンを振る、元旦那への不審な噂

この時、働かないはずの元旦那(魑魅魍魎ケモノ)は、なぜかケモノ母のラーメン屋を手伝っていました。
美容師として自分の店を始めたくせに、昼間はパチンコに負けて大暴れ。それなのに、自分の母親に頼まれたらラーメン屋を手伝うのです。意味が分かりませんでした。

そもそも元旦那は調理師でもなければ、普段料理など一切しない男です。
それなのに、一丁前にフライパンを振って炒飯を作り、お客様に提供していました。
私の頭は混乱し、不気味さすら感じていました。

その異様な光景の噂は、すぐに周囲に広まりました。
美容室に来てくださるお客様から、次々とこう聞かれるようになったのです。
「ねえ、あの人美容師なのに、なんで店をしないでラーメン屋でフライパンを振ってるの? 料理の免許はあるの?」正常な人なら疑問に思えて当然です。

私は恥ずかしくて、情けなくて、何も答えることができませんでした。
元旦那魑魅魍魎ケモノは、夕方のひと通り忙しい時間が過ぎると、やはり当然のような顔をして、また夜のパチンコへと向かって行きました。
お店の評判も、私の心も、すべてを泥泥に汚しながら、ケモノたちの奇妙な二重生活が続いていったのです。

#8778  各都道府県の女性支援センターへつながります

間違っていても良いのです。一人で苦しまなでください。相談して下さい。諦めないでください。

一度きりの人生です。穏やかな人生を取り戻してください。

ましゅ邸のブログを読んで、ましゅ邸よりマシだわ。なんて変な錯覚を起こさないで下さい。

DV男は女性の思考を止めます。心も体も拘束します。束縛します。


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