ケモノ母と魑魅魍魎ケモノ夫のDV記録

⭐️退院後1時間。母乳を否定され、我が子をおもちゃにされた

初めてのお産で、すぐに母乳が出るわけがありません。
ましてや、底意地の悪いケモノ母(姑)が常にそばで睨みを利かせている極限のストレスのなか、私の母乳は止まってしまいました。

退院して1時間もしない私のすぐ側で、ケモノ母はこう言い放ちました。
「出ない乳吸わせんじゃねえよ!どきな!」

私は恐怖でただただ怯えていました。
すると、ケモノ父があらかじめ意地悪の計画を立てていたかのように、用意していた哺乳瓶と粉ミルクを持ってきて、私の長女に与え始めたのです。

「これを着せよう」「あれも着せよう」
生まれたばかりの我が子を、ケモノ父とケモノ母はまるで自分たちの着せ替え人形のように、取っ替え引っ替えおもちゃのよう笑いながら楽しそうにしていました。
これが、長女が「動く人形」にされていった始まりの光景です。

⭐️ ひまわり義姉が受けた、あまりにも残酷な強制堕胎

その異常な光景を見つめる私の頭の中に、今は亡きひまわり義姉の震える声が蘇っていました。
ひまわり義姉がケモノ父とケモの母から受けていた仕打ちは、極悪非道という言葉すら生ぬるい、狂気に満ちたものでした。

長兄との結婚をケモノ父とケモの母に猛反対されたひまわり義姉は、なんと無理やり病院へ連れて行かれ、2度にわたって強制的に堕胎をさせらていたのです。
二つの大切な命を、ケモノたちの身勝手な都合で消されたひまわり義姉さんの絶望は、どれほどだったでしょうか。想像など出来ません。

「3人目の子供だけは、どうしても産みたい」
そう切に願い、やっとの思いで女の子を出産したひまわり義姉。
しかしケモノ母は、長兄が仕事で留守にする時間を毎日毎日見計らっては、ひまわり義姉からその子を奪いに現れたそうです。
その際にも、ひまわり義姉はケモノ母から凄惨な暴力を受け続けていたと聞きました。野球のグローブより太い手で拳を作り殴ったとこれはケモの母が武勇伝の様に私、ましゅ邸に言ったのです。

そして、「ひまわりの髪を掴んで病院のスロープで引き摺って子供を堕させてやったんだよ!ひひひひひお父さんの知り合いの先生に頼んであったからねぇひひひひひひひひ」その後もアイツなかなかいうことを聞かなくて困ったよ。などと抜かしていたが人間では無いと言えます。

「あんた産んだんだからありがたく思えよ」ケモの母はケモのだ。

⭐️「ひひひひ」と響く妖怪の笑い声。私はハサミを握らされた

ひまわり義姉を死ぬまで苦しめ、今度はその刃を私に向けてきたケモノ母。
悲しみに暮れる私に向かって、ケモノ母の太く、地を這うような声が唸りました。

「ほら、お客さんだよ!早く仕事しなよ」

退院してまだ1時間しか経っていない、まともに歩くこともできない私の背中を突き、ケモノ母は美容室の床へと私を追いやったのです。

「ひひひひひひひひひ」

あの時、店内に響き渡った妖怪のようなケモノ母の笑い声を、私は今でも忘れることができません。
こうして、私は我が子を「動く人形」として奪われたまま、産後すぐの体で、終わりの見えない奴隷のような労働へと引きずり込まれていきました。

#8778各都道府県の女性支援センターへつながります


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